昭和47年6月25日 特別奉修員


 汽車に乗れない人に、さあ自転車に乗れと言うても、決して乗れる者は一人もなかろうと。と言うて、なら自転車がさほどに難しいものではないのですけれども。やはりあの、けいこする為には倒れ転び、または足ぐらいすりむいたりするのは、もうこれは、皆がそうです。と言うて、ならこの乗り習うてから、まっ、体一つならば、どうやら乗って行けますけれども。少しばっかり荷物を乗せますと、もうハンドルがぐらぐらして。えー、その辺りにまだ倒れる。ね、自転車に乗りきるから倒れないという事はない。乗っておっても、ちょっと荷物が多いと、もうハンドルがフラフラする。

 ならそこを、またけいこさせてもらいよると、まあ、どういう、私共が酒屋の時分は、〔千乗り?〕ですね、当時、四頭俵でしたが。四頭俵の上にビールひと箱やら、あの四頭俵の上に昔、一頭俵の焼酎がめを、ね、積んでから乗って行きよりましたよ。もう本当にたまがる、人がたまがるような。しかも、その倒れれば割れ物ですからね。もうよっぽど自信がなからなければ乗れません。ね、信心も一つも変わりません。やはり先ず乗り習う事から。

 ね、そして自分の〔すごて?〕五体いっちょだったら、まあ乗れるところから。やはり少しは自分だけじゃない、少しは重い荷物も乗せて。ね。まあ、それもやはり倒れ転びするような事もありますけれども。倒れ転びしたから、もう信心を止めるてなんていうような事じゃなくて。そこから、良いまた、本当の乗り習いが出け、どんなになら、まあ沢山の重荷を致しましても、それが自信を持って乗って行けれるというね、〔          〕。 

 昨夜、椛目に帰りに寄らせて頂いて。ちょうど今度、池尻の方の親戚の、が葬儀委員長。名目だけは。けれども、実際は秋永先生がまあ、采配して頂く事になってある。秋永先生とのうち合わせをしてるんですよ。まあ、そんなして色々な、あの、事でしたが。その、かどうちの方達がちょうど田植えの真っ最中だとこう言う。ね、ですからあの、秋永先生にしても、私にしても、だからあの、もう忙しいのに来て、あのお出で頂かんでもね、あの、合楽の方で何だか、また慣れとりますからやりましょうと、こう秋永先生はそんな風に言った訳です。

 ところが、そんな訳じゃやっぱいかん訳らしいですね。私は外の事はいっちょん分からんけど、田舎では、それでもやっぱ義理、義理とはってでもですね、ならそういう時には、まあ神域の時には、それこそ隣近所が、なら田植えなら田植え、〔         〕止めちからでもその、それをせなきゃ。って心の中じゃほんにもう、忙しい時に死んでもろうちからち不平不足を言いながらでも、そればせんならんごたる風になってる訳です、田舎ではね。

 それを、こちらも、それをなら、あの意地ででも何でもない。ただ、いやお忙しいのならば、あの、こちらでやっても良いですよって言ったら、それがあの、いんや、それはやっぱあの夫婦出て来なきゃていう事。ただ、まあ色々、まあ話し合った結果、あの、駐車、沢山車が来るでしょうから、その誘導やら、何やら、まあ外回りの事をして頂いて。実際の受け付けやら何やらは、まああの、また松栄会の方達がたがやって下さるようなったらしいんですよ。

 まあ、あの。そういう事からでしたが。もう本当にもう、それこそあの、親先生がいつも言われるように、死ぬる生きるという時でも、もう絶対金光様の信心しよりゃあ、もう本当〔     〕なかてん何てんちゅうような事じゃなくて、生まれるでん何でんね。もう一番、本当に都合の良か時に、言うなら〔                           〕ちゃんとお繰り合わせ頂くんだと。死ぬ時だってそうだと、まあ何時も、まあ私が言ってる訳なんです。
 それにその、例えば本当にあれだけおかげ頂いた、頂いたと言いながら、なら取り上げの真っ最中にこれがあるという事は、あの、どんあ事だ、どうした事だろうかと。まあ、いうような意味の話が出ましてね。そしたら、妹が申します。しかし、もうこれだけおかげを頂いておる中に、ね、一つか二つかふに落ちない事があるといったような事は、もういっちょん私には問題にならないと、こういう訳なんです。あの、私はそれを聞きながら、最近私が言ってます。例えば、合楽の場合がですね、一分一里間違いのない働きというのが、百の物なら九十出けてる訳ですよ。ね。

 なら、後の十が出けなかったからと言うて、なら、その、あの、神様がとやこう、思うたり言うたりする事は、その実を言うたら十のところが、実を言うたら一番素晴らしいところなんだ。いわゆる、神様のお働きのいわゆる御神慮の深さという物は、私共では知り得ない。それを分かろうとする事がいけないのだ。ね、私共の信心生活させて頂きよるうちに、それが沢山、それがどうか分からにゃって言うでしょ。だから、分からなという事を、なら一生懸命それを極めて行こうとする事はね、あの、有り難い事です。

 私があの、弟の戦死の時に御本部でね、その、どういう訳で死んだつかを神様から頂きたいと、こう思うたけれども、まあお知らせ一つ頂く訳じゃなかったですから。何もなかったけれどもです。けれども、行きがけと帰りがけの心の状態というものがね、もう全然違ってしまっておったというように。やはりその事を本当にあの、他に求めずに自分の心の中で頂こうと精進する事は有り難いけれども。その例えば残らされとる十のところが、合点のいかんとか、ふに落ちない。そこのところが、一番大事なとこ、信心は。ね。

 もうそれこそ、神様の神慮のその深さというのは、その十の中にあるとですよ。ね。ですから、もうそれが無くなるという事だったら、なら私どんが頂いとる神様はあんまり、その大した事はなかと。天地金乃神様。もうどこまで、その大きゅうありなさるのか、広うありなさるのか、深うありなさるのかは訳が分からんほどしにあるて。ね。場合には、だからつかみ所がないのが当たり前で。それが段々信心辛抱させて頂きよる内に、十年後、二十年後、三十年後に、はあ、ああいう御都合じゃったと、例えば分かる事であってね。もう神慮の深さにただただ恐れ入るという事になるのです。

 だからその、残された、これは合楽の場合なんかはですよね。もう本当に一分一里間違いない働きの中にある、妹じゃないけれども。それでも、これほどのおかげを頂いておるという事で、あの、その事を詮索するといったような気持ちもおかしいですけども、詮索しなければおられないような、ふに落ちないようなところこそ、大事にして行かなけりゃならないという事。

 私はその事をね、あの、今御祈念中に聞いて頂こうと思ったら、先に申します、自転車に乗ん習う、乗りきらん者が乗り習うて、そして、少し体いっちょは乗れるようになって。それから、少し荷に乗せるとは、心ぶらぶらして、今度大きい物を乗せたらもう倒れるといったようなね。それでも、やはりけいこさせて頂いておる内にね、えー、それこそ今言う、〔     〕に焼酎が一本ぐらい乗せたっちゃ、その、それもしかも、割れ物でも自信を持ってですね、乗って行けれる。場合にはもう眠うなるんでん乗って行っとる。私共の場合ですね、それは。

 というように、その、まあおかげを頂けて行けれるようになるという事。それと、これとが、どういうような関わり合いかは私も〔    〕を頂いていませんけれどね。まあ今聞いて頂くように、その、そこの分からないところを、一つ分からせて頂くという事を、言うなら、さあ分かるという事じゃない。昨日、私が本郷の先生に申しましたように、あの、おかげの泉を読んでから、ここも分からん、あそこも分からん。それは、分かるところ、私ならばすぐ分かるところは、分かるけれども、私も分からんで話したところがあるんだと。

 だから、それが後になって分かった方がね、あの、かえって自分のものになって良いだろうといったような意味の事を申しましたんですけどね。その、分からないというところが実を言うたら一番大事にしなきゃならないとこであり、また一番神様の心の深い、深遠なおかげの頂けれるところなのですから、そこを大事にして行かにゃいけんね、どうぞ。




                   末永信太郎 〔 7月9日 〕